研究概要

本研究では、近年の「元素化学」の急速な発展により合成されるようになった精緻に構造制御された分子性化合物の多くが、外場からの物理的・化学的刺激に鋭敏に応答して物質機能の要である高エネルギー化学種に変化する「感応性化学種」である点に着目し、その合理合成法と構造・反応・物性について異分野融合型の研究組織を用いて追求することにより、真に独創的な機能性物質群を創造するための新学術基盤を構築する。そのため、本領域に先導的実績をもつ力量ある研究者を集めて、1)新反応開拓のための感応性化学種、2)新物性創出のための感応性化学種、3)新触媒開発のための感応性化学種、4)生体反応解明のための感応性化学種、の4項目について学理と応用を追求し、科学と科学技術の発展に資する新反応・新物性・新機能を創出する。なお,次世代を担う若手研究者と女性研究者の人材育成の観点から、公募研究の1/2 程度を「若手・女性枠」とする。

A01 項目「新反応開拓のための感応性化学種」

高周期典型元素の特性に起因して発現する特異な分子特性を追求し、新反応を開発する。高周 期典型元素は酸素などの電気陰性度の高い元素との間に分極率の高い結合を形成する。高配位化 合物は酵素反応と関連して特に重要である[1 頁の例(e)]。A04 項目と共同して研究を進め、酵素 反応機構を解明する。電気陰性度の低い 14 族元素の低配位化合物では、リンやイオウのイリド に比べてはるかに分極率の高い不飽和結合が形成され、CO2 などの分子変換に利用できる可能性 が高い。従来、このような化合物は極めて多量化しやすいため合成が困難であった。本研究では、 立体保護基を用いた精密デザインによりその合成を実現する。一方、高周期元素化合物の結合エ ネルギーは小さく、ホモリシス開裂によって容易にラジカル種を発生し、また発生したラジカル 種は比較的安定である。この特性を利用して反応性ラジカル種を合目的的に発生制御できる可能 性がある。元素の種類と置換基効果を精査し、リビングラジカル重合などの有用反応に応用する。

A02 項目「新物性創出のための感応性化学種」

高周期元素化合物やπ単結合化合物は HOMO/LUMO ギャップが小さく、光や熱によって容易に励起状態などの高エネルギー化学種に変化する。また、優れた酸化還元能を示すなど、機能性 材料として高い潜在能力をもつ。一方、そのような化合物は総じて反応性が高く、物性機能に優 れた分子性化合物の構築には、機能発現に関わる構造要素を保持しながら、化学反応性を抑制す るための、高度な分子制御法の開発が必要である。本項目では、置換基や配位子の精密デザイン 法の探究によりこの課題に挑戦する。具体的には、磁性材料、電子輸送材料、発光材料、電池材 料などへの応用を念頭におき、高速の酸化還元能を有する高周期典型元素ラジカルや、電子受容 能に優れた電子欠損型π共役系化合物、高い光感応性を有するπ単結合化合物や高歪み化合物な どの感応性化学種の創製研究を展開する。さらに、得られた感応性化学種のスピンダイナミクス 解析を行い、スピン状態の高次制御法を開拓する。

A03 項目「新触媒開発のための感応性化学種」

高効率な分子触媒には、反応基質との効果的な会合を担保する不飽和性と、反応基質との電子授受を容易にする電子的柔軟性が必要である。高周期典型元素の低配位化合物はこれらの要件を 兼ね備えた魅力的な感応性化学種である。本項目では、低配位化合物の特性を活かして、既存の 概念に捕らわれない新触媒を開発する。具体的には、低配位リンや低配位ケイ素などの高周期典 型元素化学種ならびに関連する低位配位ホウ素化学種を配位子とする遷移金属錯体を合成し、 C–H 結合などの不活性結合と、水やアンモニアなどの不活性小分子の高効率変換反応の開発に取 り組む。また、前例のない高周期典型元素触媒の開発に挑戦する。高周期元素の特徴は、低配位 から高配位までの多様な構造様式を取り得る点にある。特に、遷移金属触媒系で最近脚光を浴び ている、中心原子の酸化還元を伴わないσ結合メタセシス型の素反応を基軸とする触媒反応を開発できる可能性が高い。研究内容が密接に関連する A01 項目との連携を密にし、高周期典型元素 化学に新たなフロンティアを開拓する。

A04 項目「生体反応解明のための感応性化学種」

精緻で複雑な機能が組み込まれた生体反応系においても感応性化学種が機能発現に中心的な役割を演じている。A01~A03 項目が対象とする小分子系とは異なり、高次凝縮系に組み込まれた活 性化学種は、外部力場や活性調節因子などの電子的・立体的摂動を受けて適度に安定化され、外 部刺激に鋭敏な感応性化学種へと変化している。本項目では、高周期典型元素と遷移元素を活性 中心にもつ酵素反応系を対象とし、最先端の構造生物化学を駆使して実在系に生成する感応性化 学種の発見に努める。また、大規模量子化学計算を用いて周辺環境や反応過程に応じて状態を変 化させる感応性化学種の発見と、それらが受ける摂動メカニズムの解明に取り組む。さらに、複 合機能に関わる感応性化学種の安定化に寄与する分子間相互作用を解析し、生体酵素系における 効率的な反応機構を解明する。続いて、A01 項目および A03 項目との連携関係のもとでモデル系 によりさらに高機能化を実現し、最終的には人工酵素開発に挑戦する。